
取材日:2026年7月2日
7月2日、絵本作家・菊池日出夫さんとともに、菊池さんの故郷である長野県佐久市臼田地区を訪ねました。
私にとって臼田を訪れるのは初めてでした。
けれど、車を降りて最初に感じたのは、不思議な「懐かしさ」でした。
四方を山々に囲まれ、田園風景が広がり、その中を千曲川と支流がゆったりと流れる。
その景色は、現在菊池さんと私が暮らす埼玉県比企郡小川町と、どこかよく似ていたのです。

昭和の空気が残る町
小川町は、「昭和の風景が残る町」と言われることがあります。
臼田を歩いていると、その雰囲気をさらに濃くしたような空気を感じました。
昔ながらの家並み。
人の暮らしの気配。
急激な開発から少し距離を置いた、穏やかな時間の流れ。
以前、小川町になぜ昭和の面影が残っているのだろうと考えたことがありました。
四方を山に囲まれた盆地という地形。
そこで育まれた濃密な人と人とのつながり。
長い年月をかけて築かれてきた地域独自の文化。
そうしたものが、安易な開発や急激な変化を受け止める「防波堤」となり、この土地らしさを守ってきたのではないかと思っています。
臼田にもまた、同じような風土が息づいているように感じました。

「私の作品は抵抗だった」
そんな話をしていたら、道中、菊池さんがこんな言葉を伝えてくださいました。
「自分の作品は、そのような開発にずっと抵抗し続けてきたようなものだから。」
決して声高に自然保護を訴えるわけではありません。
けれど、失われつつある里山や農村の風景を描き続けること。
自然の中で遊ぶ子どもたちの姿を描き続けること。
それ自体が、時代の流れへの静かなメッセージだったのかもしれません。

「のらっこ」の原風景
現在76歳になる菊池さんは、60年以上前、自らが生まれ育った臼田の風景を、「のらっこシリーズ」をはじめとする数多くの絵本の中に描き続けています。
子どもたちが野山を駆け回り、川で遊び、虫を追いかけ、四季の移ろいを全身で感じながら育っていく世界。
それは空想ではなく、この土地で実際に暮らした記憶から生まれた風景でした。
実際に臼田を歩くと、「ああ、この景色が絵本の世界につながっているのだ」と感慨深いものがあります。
絵本を読むだけでは見えてこなかった空気や匂いまで感じられるような気がしました。

臼田から小川町へ
菊池さんは臼田で生まれ育ち、その後いくつかの土地を経て、最終的に埼玉県小川町へ移り住みました。
そして40年以上にわたり、小川町の豊かな里山の中で創作を続けています。
考えてみると、それは決して偶然ではないのかもしれません。
臼田と小川町。
どちらも山に囲まれ、田畑が広がり、人々の暮らしと自然が近い距離にある土地。
菊池さんは、自分の感性が自然に呼応する場所を選び続けてきたようにも思えます。
だからこそ、「のらっこ」の世界は、時代が変わっても変わらず描き続けることができたのでしょう。

インタビュアーのひとこと
今回の旅で強く感じたのは、作品は作家一人だけで生まれるものではないということでした。
その人を育てた風土があり、川があり、山があり、人々の暮らしがあります。
菊池さんの絵本に流れるやさしさや温もりは、この臼田という土地から始まり、そして小川町という第二の故郷で育まれてきたのだと感じました。
私たちは、便利さや効率を求めるあまり、多くの原風景を失ってきました。
しかし、こうした土地には、今もなお子どもたちの歓声が聞こえてきそうな景色が残っています。
その風景を未来へ手渡していくこと。
それは、菊池さんが絵本を通して私たちに託している願いなのかもしれません。

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