
夜空を流れる天の川。
その星々の間を、一台の列車が走っていきます。
列車に乗っているのは、孤独を抱えた少年ジョバンニと、親友のカムパネルラ。
二人は銀河の岸辺や星の野原を巡りながら、不思議な人々や物語に出会います。
美しい星空の旅に見えますが、その奥に流れているのは、命と死、友情、自己犠牲、そして「ほんとうの幸いとは何か」という深い問いです。
ジョバンニは、苦しい現実から逃れるためだけに銀河鉄道へ乗ったのではありません。
旅の中でさまざまな命の姿に触れ、自分がこれからどのように生きるのかを見つけていきます。
銀河鉄道の夜
星空を走る列車と、ひとりの少年
地上の町では、人々が楽しそうに銀河祭を祝っています。
しかしジョバンニは、そのにぎやかな輪の中に入ることができません。
その頭上を、銀河鉄道が星の光をまといながら走っています。
地上の孤独と、空に広がる未知の世界。
この対比が、物語の始まりを象徴しています。
ジョバンニにとって銀河は、遠い天体であるだけでなく、現実とは違う何かを求める心の行き先でもありました。
第1章 ジョバンニ
家族を支えながら生きる少年

ジョバンニは病気のお母さんと二人で暮らしていました。
お父さんは遠い北の海へラッコ漁に出たまま、長い間帰ってきません。手紙もなく、生きているのかさえわかりませんでした。
学校が終わると、ジョバンニは牛乳を配達して家計を助けました。みんなが遊んでいる時間も、働かなければなりません。
クラスの子どもたちは楽しそうに笑い合っています。しかしジョバンニは、その輪の中に入ることができませんでした。
ある日、ザネリが言いました。
「ジョバンニ、お父さんからラッコの上着は来たかい?」
それは以前、ジョバンニがお父さんのことを話したのを覚えていて言った言葉でした。
みんなは笑いました。
ジョバンニは何も答えられませんでした。
けれども夜になると、空いっぱいの星が静かに輝いています。
ジョバンニは思いました。
「星たちは、どこまでも続いている。あの光の向こうには、きっと何かすばらしい世界があるにちがいない。」
そうして少年は、ひとり夜空を見上げるのでした。
第2章 銀河の授業
知っているのに答えられない

今日の午後の授業の時でした。
先生は、黒板にかけられた大きな星座の図を指してたずねました。
「この白い銀河は、本当は何でしょう。」
ぼくは、その答えを知っていました。
前にカムパネルラの家で雑誌を読み、大きな本に載っていた美しい銀河の写真を、二人で夢中になって見たことがあったからです。
けれども先生に名前を呼ばれて立ち上がると、急に頭の中が真っ白になってしまいました。
銀河がたくさんの星の集まりだということは知っているはずなのに、その言葉がどうしても出てこなかったのです。
このごろのぼくは、朝も午後も仕事がつらく、学校へ来ても前のように友だちと元気に遊ばなくなっていました。
病気のお母さんのことも心配でした。
いつのまにか、自分に自信が持てなくなっていたのです。
ザネリがくすっと笑いました。
ぼくは顔が熱くなりました。
すると先生は、カムパネルラを指しました。
けれどもカムパネルラも答えませんでした。
ぼくは思いました。
「カムパネルラは知っていたはずだ。
それなのに答えなかったのは、ぼくのことを思ってくれたからかもしれない。」
そう考えると、胸が熱くなりました。
けれども、ぼくもカムパネルラも、なぜかとてもさびしく、あわれなような気がしたのでした。
教室の中で、ぼくはしばらく顔を上げることができませんでした。
第3章 活版所
家族のために働く

学校が終わると、みんなはカムパネルラを囲んで集まり、烏瓜のあかりを川へ流す相談をしていました。
町の家々でも、いちいの葉の玉を飾ったり、ひのきの枝にあかりをつけたりして、お祭りの支度が進んでいます。
けれどもジョバンニはみんなの相談には加わらず、手を大きく振って学校の門を出て行きました。
向かった先は活版所でした。
まだ昼なのに電灯がともる工場の中では、たくさんの輪転機が音を立てて回り、大人たちが忙しく働いていました。
ジョバンニも小さな箱を抱え、虫めがねを使いながら、粟粒のように小さな活字を拾い集めました。
「よう、虫めがね君。」
誰かがそう言うと、近くの人たちは声も立てず、こちらも見ないまま冷たく笑いました。
ジョバンニは何度も目をぬぐいながら、それでも黙って仕事を続けました。
やがて夕方になり、仕事を終えると小さな銀貨を受け取りました。
ジョバンニの顔は急に明るくなりました。
お母さんのためにパンと角砂糖を買うことができるからです。
第4章 母のぬくもり
小さな家にある優しさ

活版所での仕事を終えたジョバンニは、小さな銀貨を受け取ると、パンと角砂糖を買って急いで家へ帰りました。
ジョバンニが勢いよく帰ってきたのは、裏町の小さな家でした。三つ並んだ入口の一番左には、空箱に植えられた紫色のケールやアスパラガスがあり、小さな窓には日よけがおりていました。
「お母さん。いま帰ったよ。工合は悪くなかったの。」
お母さんはやさしく答えました。「今日は涼しくてね。ずっと工合がいいよ。」
ジョバンニは窓を開けると、うれしそうに言いました。
「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」
お母さんはほほえみながら、「ありがとう。でもお前が先におあがり。」と言いました。
ジョバンニは窓辺に置かれていたトマトの皿を取り、パンといっしょに食べました。
それでもジョバンニは、お母さんのことが気になっていました。
「お母さんの牛乳はまだ来ていないのかな。」
「来なかったろうかねえ。」 「ぼく、取りに行ってこよう。」
お母さんはやさしく答えました。「ゆっくりでいいんだよ。」
外では銀河のお祭りの支度が進んでいました。
第5章 友情の想い出
カムパネルラだけは笑わなかった

「ぼく、お父さんはきっと帰ってくると思うよ。」
お父さんは以前、大きな蟹の甲羅やとなかいの角を学校へ寄贈しました。それらは今でも標本室にあり、ジョバンニはそんなお父さんを誇りに思っていました。
するとお母さんは言いました。
「お父さんは、この次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」
ジョバンニは少しうつむいて答えました。
「みんながぼくに会うと、それを言うんだ。ひやかすように言うんだ。」
けれどもカムパネルラだけは違いました。
「カムパネルラは決して言わないよ。みんながそんなことを言うときは、気の毒そうな顔をしているよ。」
するとお母さんは言いました。
「あの人のお父さんとうちのお父さんは、小さいころからのお友だちだったそうだよ。」
ジョバンニは昔を思い出しました。
学校の帰りには、よくカムパネルラの家へ遊びに行きました。二人はアルコールランプで走る汽車を夢中になって走らせたのでした。
「あのころはよかったなあ。」
て話は今夜の銀河のお祭りのことになりました。
「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒なら心配ないから。」
「うん、きっと一緒だよ。」
ジョバンニはそう言うと、銀河のお祭りが待つ夕暮れの町へ出て行ったのでした。
第6章 銀河祭
にぎやかな町の中の孤独

ジョバンニは牛乳を取りに、祭りのにぎやかな町へ出ました。
通りにはたくさんの灯りが飾られ、子どもたちは烏瓜のあかりを持って川へ流そうとしていました。
けれどもジョバンニは、そのにぎやかさの中でどこかさびしい気持ちでした。
時計屋の店先では、美しい星座早見盤が輝いていました。
ジョバンニは思わず立ち止まり、銀河や星座を見つめました。
「ああ、ぼくもあの星の中を歩いてみたい。」
そう思いましたが、すぐにお母さんの牛乳のことを思い出しました。
ところが牛乳屋へ行ってみると、
「今日はわかりません。また後で来てください。」
と言われてしまいました。ジョバンニはがっかりしながら、再び祭りの町へ出たのでした。
第7章 天の川を見つめて
丘の上で開かれた夜空

ジョバンニは牛乳屋を出ると、丘の上へ駆けて行きました。
やがて林を抜けると、広い夜空が開け、白い天の川が南から北へ流れていました。
丘の下には銀河祭の灯が輝き、子どもたちの歌声や口笛も遠くから聞こえてきます。
ジョバンニは草の上に寝ころびました。
そして、どこまでも続く天の川を見上げました。
「あの白い帯は、みんな星なのだ。」
見れば見るほど、そこは冷たい空ではなく、どこか遠い野原や森のように思われました。
ジョバンニは静かな夜風に包まれながら、いつまでも星空を見つめていたのでした。
第8章 銀河鉄道の出発
親友と始まる不思議な旅

ジョバンニが天の川を見上げていると、どこからか、
「銀河ステーション、銀河ステーション」という不思議な声が聞こえてきました。
気がつくと、ジョバンニは小さな列車の座席に座っていました。
窓の外には、銀河の野原がどこまでも広がり、光る三角標や美しい川が流れていました。
そして前の席には、見覚えのある少年が座っていました。
それはカムパネルラだったのです。
二人はいつのまにか、一緒に銀河鉄道の旅に出ていました。
カムパネルラは銀河の地図を広げながら、「もうすぐ白鳥の停車場だよ。」と言いました。
ジョバンニは窓から顔を出しました。
銀河の水は、ガラスよりも透きとおり、野原には青や橙色の三角標が美しく輝いていました。
「ああ、ぼくはほんとうに天の野原へ来たんだ。」
ジョバンニは胸を躍らせながら、カムパネルラと一緒に銀河鉄道の旅を続けたのでした。
第9章 白鳥停車場
祈りの光

銀河鉄道は白鳥停車場に着きました。
ジョバンニとカムパネルラは汽車を降りて、銀河の岸へ歩いて行きました。
そこには、青白く輝く大きな十字架が立っていました。
旅人たちは静かに立ち止まり、祈るようにその光を見つめていました。
ジョバンニとカムパネルラも、思わず足を止めました。
十字架は銀河の流れの中に美しく輝き、その光は水面にも映っていました。
二人はしばらく言葉もなく、その神秘的な景色を見つめました。
やがて銀河鉄道は再び出発の時を迎えます。
ジョバンニとカムパネルラは、胸の中に新しい気持ちを抱きながら、次の旅へ向かうのでした。
第10章 プリオシン海岸
星空から太古の地球へ

白鳥停車場を出たジョバンニとカムパネルラは、銀河の岸辺を歩いて行きました。
すると、白い岩のそばで大勢の人たちが何かを掘り出しているのを見つけました。
近づいてみると、それは百二十万年も前の地層から見つかった化石でした。
学者は二人に、これは昔の牛の仲間の骨であり、岩の中にあるくるみも遠い昔のものだと教えてくれました。
ジョバンニとカムパネルラは、太古の世界に思いをはせながら、化石や足跡を夢中になって見つめました。銀河鉄道の旅は、遠い空をめぐるだけでなく、遠い昔の時代へも続いていたのです。
やがて発車の時刻が近づき、二人は急いで停車場へ戻りました。
そして再び銀河鉄道に乗り込み、次の不思議な世界へ向かって出発したのでした。
第11章 鳥を捕る人
現実と夢の境界
銀河鉄道が走る中、一人の赤ひげの男がジョバンニたちの向かいの席に座りました。
その人は鳥を捕る仕事をしていると言いました。
「鶴や雁や白鳥を捕るんです。」
ジョバンニとカムパネルラは不思議に思いながら話を聞きました。
やがて男は荷物を開いて見せました。すると白鳥や雁が、まるで押し花のように並んでいたのです。
しかも、その鳥はお菓子のように甘くておいしいのでした。
二人が驚いていると、鳥捕りはいつのまにか汽車を降り、銀河の岸辺へ立っていました。
すると白い鳥たちが、雪のように空から舞い降りてきました。
鳥捕りは両手を広げて次々に鳥を捕まえ、袋へ入れていきます。
捕まらなかった鳥たちは、光となって銀河の砂の上へ溶けるように消えていきました。
けれども次の瞬間、鳥捕りは何事もなかったように再び車内に戻っていました。
ジョバンニもカムパネルラも、何が本当で何が夢なのか分からなくなりました。
銀河鉄道の旅は、ますます不思議な世界へ進んで行くのでした。
第12章 さそりの火
誰のためにも使わなかった命

銀河鉄道は、美しく燃える赤い光のそばを通りました。
「あれは、さそりの火だよ。」カムパネルラが静かに言いました。
昔、一匹のさそりがいました。
さそりは生きるためにたくさんの虫を捕っていましたが、ある日いたちに追われて井戸へ落ちてしまいました。
そのとき、さそりは思いました。
「今までたくさんの命を奪って生きてきたのに、私は自分の命を誰のためにも使わなかった。」
そして、「もしもう一度生まれることができるなら、今度はみんなの幸せのために命を使いたい。」
と心から祈ったのです。
すると、その願いは天に届き、さそりの体は美しい赤い火となって夜空に輝くようになりました。
ジョバンニは赤く燃える火を見つめながら考えました。
「ほんとうの幸せとは何だろう。」銀河の旅は、遠い星々だけでなく、人が生きる意味をも教えてくれるのでした。
第13章 姉弟との出会い
沈む船から来た人々
銀河鉄道の旅を続けるうちに、ジョバンニとカムパネルラは、一人の青年と小さな姉弟に出会いました。
姉弟はとても仲が良く、青年もやさしく二人を見守っていました。
話をしているうちに、ジョバンニたちは、その人たちが大きな船の事故にあったことを知りました。
船が沈もうとしたとき、人々は助け合いながら最後まで落ち着いて行動したのでした。
青年や姉弟の静かな話しぶりからは、人を思いやる優しい心が伝わってきました。
その話を聞きながら、ジョバンニは先ほど聞いた「さそりの火」のことを思い出しました。
ほんとうの幸せとは、自分だけのためではなく、みんなのために生きることなのかもしれない。
ジョバンニはそんなことを考えながら、静かに窓の外の銀河を見つめました。
第14章 サウザンクロス
生と死を包む光

銀河鉄道は、やがてサウザンクロス駅に着きました。
ジョバンニとカムパネルラが降りると、そこには大きな南十字の光が輝いていました。
白い衣をまとった人々は、静かに光の道を歩いています。
その道は、まるで天へ続く階段のようでした。
人々の顔には悲しみも恐れもなく、やさしく穏やかな光が浮かんでいました。
ジョバンニは、その美しい景色を見つめながら、不思議な安らぎを感じました。
カムパネルラも黙って空を見上げていました。
銀河の星々は静かに輝き、南十字の光はどこまでも高く伸びていました。
それは、生きる人も亡くなった人も、みんなを包みこむ永遠の世界のようでした。
ジョバンニとカムパネルラは、その光を胸に刻みながら、再び銀河鉄道へ戻ったのでした。
第15章 ほんとうの幸い
みんなが幸せになるために

銀河鉄道は、静かに星空の中を走り続けていました。
ジョバンニとカムパネルラは並んで座り、窓の外に広がる銀河を見つめていました。
二人は、これまで出会った人たちのことを話しました。
さそりの火のこと。
大きな船で人を助けた姉弟たちのこと。
そして、人のために生きることの尊さについて語り合いました。
「みんながほんとうに幸せになるには、どうしたらいいんだろう。」
ジョバンニがそう言うと、カムパネルラは静かにうなずきました。
「ぼく、みんなの幸せのためなら、どんなことでもしたい。」
その言葉は、まるで遠い星の光のように、ジョバンニの心に深く残りました。
窓の外では、天の川がどこまでも輝いていました。
銀河鉄道は、二人を乗せて、さらに遠い世界へと走り続けていたのでした。
第16章 天上の野原
別れを予告する光

銀河鉄道は、静かに天の川を走り続けていました。
そのときカムパネルラが、突然、窓の外を指さして叫びました。
「あっ、あすこにいるの、ぼくのお母さんだよ。」
ジョバンニが見ると、銀河の中に美しい野原が輝いていました。
その野原には、やさしい光に包まれた人々の姿が見えました。
カムパネルラは、その景色を夢中になって見つめていました。
ジョバンニも胸がいっぱいになり、ただ黙って窓の外を見つめました。
やがてカムパネルラは、ほんとうに幸せそうな顔をしました。
そして、その美しい光の世界へ心が引かれていくようでした。
ジョバンニは、どこまでも一緒に旅を続けたいと思いました。
けれども、それは二人の別れが近づいていることを知らせる、静かな光でもあったのです。
第17章 目覚め
夢から現実へ

ジョバンニがふと目を開くと、そこは丘の上でした。天の川は、静かに夜空を流れています。遠くの町では銀河祭りの灯りが輝き、川辺にはたくさんの人々が集まっていました。
ジョバンニは半身を起こし、しばらくその景色を見つめました。
銀河鉄道の旅は夢だったのでしょうか。けれども、カムパネルラと一緒に見た星空も、天上の野原も、あまりにもはっきりと心に残っていました。そのとき、川の方から何かただならぬ人々の声が聞こえてきました。
ジョバンニは胸がどきりとしました。そして急いで立ち上がると、丘を駆け下りて行きました。銀河は変わらず美しく輝いていました。けれどもジョバンニには、これから大切なことを知るような気がしてならなかったのでした。
第18章 カムパネルラ
友を救って帰らなかった少年

ジョバンニが丘を駆け下りて川辺へ行くと、たくさんの人が集まっていました。
みんな心配そうに川を見つめています。
ジョバンニは胸がどきどきしました。
やがて人々の話から、本当のことがわかりました。
ザネリが川へ落ちたとき、カムパネルラはすぐに飛び込んだのです。
そしてザネリは助かりました。
けれどもカムパネルラは帰って来ませんでした。
ジョバンニは言葉もありませんでした。
そのとき、銀河鉄道の旅で聞いた「さそりの火」の話が心によみがえりました。
そして、「ぼく、みんなの幸せのためなら、どんなことでもしたい。」
というカムパネルラの言葉を思い出したのでした。
ジョバンニは涙をこらえながら夜空を見上げました。
天の川は静かに輝いていました。
第19章 ほんとうの幸い
悲しみを抱えて歩き出す

ジョバンニは、静かに夜空を見上げました。
天の川は西の空に淡く輝き、東の空は少しずつ明るくなり始めていました。
カムパネルラはもういません。
けれどもジョバンニには、あの銀河鉄道の旅で聞いた言葉や、カムパネルラのやさしい笑顔がはっきりと思い出されました。
さそりの火は、自分のからだを燃やしてみんなを照らしました。
カムパネルラもまた、自分のことより友だちの命を大切にしました。
ジョバンニは、ほんとうの幸いとは何かを少しわかったような気がしました。
それは、自分だけが幸せになることではなく、みんなの幸せを願って生きることなのかもしれません。
ジョバンニは、お母さんの待つ家へ向かって歩き出しました。
これからは、もっと強く、もっとやさしく生きようと思いました。
そして、みんなのほんとうの幸いのために働こうと心に決めたのでした。
朝の光は静かに町を照らし始めていました。
物語を通して見えてくるもの
孤独な少年が、他者のために生きる道を見つける
物語の初めのジョバンニは、自分の苦しさで心がいっぱいでした。
病気の母。
帰らない父。
生活のための仕事。
友だちからのからかい。
誰にも理解されない孤独。
しかし銀河鉄道の旅を通して、世界には自分とは異なる苦しみを抱えた人々がいることを知ります。
そして、誰かのために生きることが、自分自身の生きる力にもなることを学びます。
ジョバンニの苦しみそのものがなくなったわけではありません。
けれども、苦しみに向き合う心が変わりました。
自己犠牲だけが「ほんとうの幸い」なのか
『銀河鉄道の夜』を読むと、他者のために自分を犠牲にすることが、最高の善として描かれているようにも感じられます。
一方で、誰かの幸福のために、自分自身の命や幸福を軽く扱ってよいのかという問いも残ります。
「みんなの幸い」の中には、自分自身の幸いも含まれるはずです。
本当の幸福とは、一部の人が犠牲になり続けることではなく、できる限りすべての人がともに生きられる道を探すことではないでしょうか。
この物語は、正解を一つに決めるのではなく、読者に問い続ける作品です。
科学、宗教、自然が一つになった世界
銀河鉄道の旅には、星座や銀河、化石といった科学的な世界が登場します。
同時に、十字架、祈り、死後の世界、自己犠牲といった宗教的な主題も描かれています。
さらに、鳥、さそり、川、野原、光など、自然のイメージが物語全体を包んでいます。
宮沢賢治にとって、科学と宗教、自然と人間は、完全に別々のものではなかったのでしょう。
世界の仕組みを科学によって知ることと、その世界の中でどう生きるべきかを考えること。
その両方が、「ほんとうの幸い」を探すために必要だったのかもしれません。
日本文化ライブラリー全11回を終えて
「日本文化ライブラリー」は、日本列島の誕生から始まり、縄文と弥生、古典文学、和歌と俳句、日本酒、宗教、芭蕉の旅、そして宮沢賢治の世界へと歩んできました。
扱った時代や題材は異なりますが、その根底には共通した問いがあります。
人は自然と、どのように生きるのか。
移ろいゆく世界を、どう受け止めるのか。
異なる人々と、どう共存するのか。
自分だけでなく、みんなが幸せになるにはどうすればよいのか。
第1回で見つめた「自然とともに生きる心」は、第11回の「ほんとうの幸い」へとつながっています。
日本文化を学ぶことは、過去の知識を集めることだけではありません。
現在の私たちがどのように生き、どのような未来をつくるのかを考えることでもあるのです。
日本文化ライブラリーについて
「日本文化ライブラリー」は、日本の自然、歴史、文学、宗教、芸術、食文化、暮らしを通して、日本人が長い年月の中で育んできた心と文化を紹介するシリーズです。
日本文化を懐かしい過去のものとしてではなく、現代を生きる私たちと、これからの世界に生かすことのできる知恵として見つめ直していきます。
原案・編集:長倉正昭
編集・発行:比企出し合同会社
この記事を書いた人

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比企出し合同会社社員。元原子力関係の開発系技術者であり、エコデザイン株式会社創業者。
比企出し合同会社では、日本文化ライブラリーにて日本の文化を世界へ発信する活動を行っている。

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