
小川町の飯田神社。
山の上に静かに佇むこの神社の麓に、「古代蓮の泉」と呼ばれる小さな池があります。
夏になると、悠久の時を超えてよみがえった古代蓮が、美しい花を咲かせます。
一見すると、昔からそこにあった風景のようにも思えます。
しかし、この泉は自然にできたものではありません。
一人の男性が、長い年月をかけて少しずつ育ててきた場所なのです。
今回、その「古代蓮の泉」を築き上げた内田登志雄さんに、お話を伺いました。

一本の蓮から始まった物語
古代蓮の泉の始まりは、およそ7年前。
埼玉県上尾市に住む友人から古代蓮の株を譲り受けたことがきっかけでした。
その友人は、古代蓮の名所として知られる行田市から株を譲り受け、田んぼ五枚ほどを使って栽培されていたそうです。
「小川町でも育ててみよう。」
そんな思いから、内田さんは飯田神社の麓に株を植えました。
古代蓮とは、1400年から3000年以上前の地層から発見された種子が現代によみがえり、花を咲かせたハスの総称です。
「太古のロマン」を感じさせる花として、多くの人に親しまれています。
その花が今、小川町の山あいで静かに咲いています。

湧水を生かして泉をつくる
この場所は、もともと谷津田でした。
谷あいに広がる田んぼには昔から湧水があり、絶えず清らかな水が流れていたそうです。
飯田神社の中腹には大きな沼があり、そこから流れてくる地下水が、この湧水につながっているのではないかと内田さんは話してくださいました。
その湧水のある場所をユンボで掘り、小さな池をつくる。
そこへ古代蓮を植える。
それが古代蓮の泉の始まりでした。
最初はわずか3メートル四方ほどの小さな池。
しかし毎年少しずつ手を加え、現在では8~10メートル四方の池と、5メートル四方ほどの池が並ぶ、美しい水辺へと育っています。

花は少しずつ景色を変えていく
内田さんが育てているのは古代蓮だけではありません。
「花しょうぶも植えてほしい。」
そんな地域の声に応え、花しょうぶを植え始めました。
さらにブラックベリーやヘメロカリスなども加わり、谷津田は季節ごとにさまざまな花が楽しめる場所へと変わっていきました。
自然の地形をそのまま生かしながら、人の手で少しずつ美しく育てていく。
そこには、派手な観光施設とは違う魅力があります。
山の麓から湧き出る水。
風に揺れる古代蓮。
四季折々に咲く花々。
この景色そのものが、内田さんの作品なのかもしれません。

現代の花咲か爺さん
お話を伺っていて思ったのは、内田さんは現代の「花咲か爺さん」だということでした。
誰かに頼まれたからではありません。
利益を求めているわけでもありません。
ただ、この地域がもっと美しくなればいい。
訪れた人が少しでも喜んでくれたら嬉しい。
そんな思いだけで、何年もかけて泉を育て続けています。
一人の行動が景色を変え、その景色が人の心を和ませる。
そんな循環が、この小さな泉にはありました。

インタビュアーのひとこと
古代蓮の泉を歩いていると、不思議と心が静かになります。
それは美しい花が咲いているからだけではありません。
その景色の一つひとつに、内田登志雄さんの長年の思いと手間が積み重なっていることが伝わってくるからでしょう。
私たちは「地域づくり」という言葉をよく耳にします。
しかし、本当の地域づくりとは、大きな施設を造ることでも、派手なイベントを開くことでもなく、一人ひとりが自分の住む土地を少しずつ美しくしていくことなのかもしれません。
地域の景色を守り、育てる人がいる。
そんな方々こそ、日本の本当の豊かさを支えているのではないでしょうか。
小川町の山あいに咲く古代蓮は、太古から現代へ命をつなぐ花であると同時に、人から人へ受け継がれる優しさの象徴でもあるように感じました。

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