浜松市生まれ。明治大学卒業後、印刷会社に勤務する傍ら、50歳で木工工芸を志し、1999年に埼玉県比企郡ときがわ町で工房を構える。日常使いできる作品として、素朴な木の魅力を活かし、漆で仕上げた木工作品を制作している。

オーストラリアで出会った素朴な木の器から
田中さんの生い立ちから教えてください
1949年(昭和24年)5月、当時の静岡県周智郡春野町(現浜松市春野地域)で生まれました。天竜川の支流の山奥で実家はお茶農家でした。お茶とシイタケをつくっていました。
社会人としては、田舎の出だったものだから海外にあこがれて海外向けの印刷物をつくる仕事をしていました。自動車、光学、電機メーカーなど輸出企業のパンフレットやマニュアルをつくっていました。
作品作りのきっかけは?
オーストラリアに旅してクイーンズランド州ケアンズを歩いていた時に素朴な木の花器を見つけ魅せられました。自分でも作ってみたいと。
びびっと来たわけですね。小川町に移住されたのはどんなきっかけで?
25年前、50歳のときに木工の場を探してときがわ町に工房をつくりました。定年退職を機に住むところもと考えていたところ10年ほど前に小川町に手ごろな物件が見つかって小川町に移住しました。
作品作りにはどんなこだわりがありますか?
器をどうやってつくろうかと探し始めて、ウッドターン:木工旋盤を買うところから始めました。海外のビデオを見ながらやっていましたがどうもはっきりつかめない。そこで、3年間毎週末当時住んでいた浦和から小田原にある木工ろくろ教室に通って学びました。

元々オーストラリアの素朴な器に魅せられてということでしたが、素朴さとは?
日本の伝統工芸は「完全な人間の技」で物をつくろうとするのに対して、欧米の木工の発想は自然のままを大事にする。朽ちてきたり虫が入っていてもそのままOK。「ナチュラルエッジ」といいまして自然に形成されたものを大事にする。日本の伝統工芸にはない発想。

漆の経年変化は劣化せずつやつやと
漆へのこだわりについてはどうでしょう?
漆は経年変化によって劣化せず、逆につやつやとしてくる。100年、200年、300年、400年とよくなっていくわけです。
漆の普及はどのように考えていらっしゃいますか?
現状では97%海外から輸入されている。文化庁から重要文化財の修復には「国産のものを使いなさい」という通知が出て市町村の教育委員会はみんな困っちゃってる。漆は韓国では薬膳料理の材料としても使われている。いま「比企 ウルシの木を育てる会」を作って国産の漆を少しでも増やす活動をしている。小川町なんかでは和紙の伝統もあるわけだからそれとうまくつなげて展開していけると思う。

生活の中に文化を
最後に比企出しへのメッセージをお願いします。
わたしがやっているのは日常使いのものだから日常的な作品だと思う。生活の中で素朴な味わいを楽しめたらいい。そのことは比企の地域資源の魅力を引き出そうという比企出しの運営方針にも沿っていると思う。ぜひその考えを推し進めていってほしい。
ほんとにそうですね。今日はありがとうございました。
インタビュアーの一言
私の目から見た田中さんは謙虚で努力家、己と向き合い続ける求道者です。
作品の美しさもさることながら、田中さん自身の佇まいが美しく、一流の芸術家というのが常に、何事に対しても美意識を持ち続けて行動しているのだということが伝わってきます。
日常の中の素朴な味わいの美しさを追求し続けること、それは日本の持つ力の源になっているのかもしれません。
(インタビュアー:長倉正弥)
この記事を書いた人

- 比企出し合同会社 代表社員(社長)
-
比企出し合同会社 代表。
エコデザイン株式会社の創業メンバーとして20年以上経営に携わる中、地元の商工会青年部・青年会議所などの活動を通して地域おこしの重要さを知る。
2021年5月に比企出し合同会社を起業。比企地域を輝かせるために全力活動中。
最新の投稿
- 2025年8月31日匠「史上最低最悪の産業」から始まった、世界一のブドウ栽培への挑戦 武蔵ワイナリー 福島有造氏インタビュー
- 2025年1月19日お店お店紹介:おいでなせえ小川町 埼玉県比企郡小川町
- 2025年1月18日お店お店紹介:Bangla Bazaar Halal Food (バングラバザール・ハラルフード) 埼玉県比企郡小川町
- 2024年12月19日匠比企の匠インタビュー:芽が出る生命力を表現したい【漆芸家 三田村雨龍さん】

コメントを残す